バーバラ・ヴァイン 『煙突掃除の少年』

 

煙突掃除の少年 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

煙突掃除の少年 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 

 ブッカー賞候補になったこともある著名な作家ジェラルド・キャンドレスが亡くなった。彼を偲び、娘サラは彼の回顧録を執筆することになる。父の過去について、あまりにも知らなかったサラは父の過去を調べていくことになるのだが、待っていたのは、「ジェラルド・キャンドレス」という名前の人物はとうの昔に亡くなっていたという恐ろしい事実だった。

父はなぜ、偽りの名前を騙り、偽りの人生を生きてきたのか。手がかりと言えるのは、本物の「ジェラルド・キャンドレス」の家族と、彼の遺した小説群だけ(彼の小説は、彼の過去が、なんらかの形で反映されていると思われた)。現在と過去を行き来しつつ、霧のかかった道を恐る恐る辿るかのような捜索の旅が始まるーー。

ちなみに、作家ジェラルド・キャンドレス自身は、自らの祖先を辿ることについてこういう言葉を残している。

「ふたりとも貴族の出というわけではあるまいし。いいかい、きみたちの父親は歴史上はじめての労働者階級の出身だし、母親にしてもせいぜいその次の階級だよ。(略)彼らが誰だか知り、醜い名前をつけることに、どんな意味がある? 」

過去を探られることに後ろ暗い思いがあったとしても、こういう感覚(階級意識)というものは、なかなか日本人にはなじみがないのではないだろうか。サムライジャパンなぞと言ってはばからない日本人に対して、みんな祖先が武士というわけでもなかろうに、ずいぶんノーテンキだな、と思ったりするが、そういう一億総武士的なノーテンキさは、イギリスの堅牢な階級意識を前にすると、それはそれで案外と好ましいものに思えてくる。

「貴族の出ではない」といっても、今では相応の地位を築いている一家が、現在下層階級に属している人々(…そう、本物のキャンドレスに関わりのあるような階級の人たち)を見る目は手厳しい。探偵として重要な役割を果たすことになるジェイソン・サーグ(気持ち悪い、風呂に入ってるのかだの本当に容赦ない描写が続く。ただし、凄く頭はキレるという設定。ま、救いは用意されてはいるが……)など、その筆頭といっていい。

さて、話は妻アーシュラの視点、娘サラの視点を交えつつ進む。妻アーシュラは結婚後徹底的に夫にないがしろにされ続け心に深い傷を負っており、一方のサラ(もう一人ホープという娘もいる)は父に溺愛されて育ち、母アーシュラの心の傷など知るよしもない。このあたりのねっとりとした述懐が大変長くつらいので、若い頃であったら、挫折していたかもしれない。

古いアルバムから記憶が甦り、「そこから来るか!」という鮮やかなエンディングを迎えるまえに。

すみずみまで目が離せないゆえに、読むと時間がかかってしまうヴァイン作品ですが、読み終えた時の満足感ははかりしれません。カフェインも入っていたせいか、読み終えてすぐ私はなかなか寝付けませんでしたよ……。